文庫版「ローマ人の物語 迷走する帝国」を読む


著者:塩野七生
出版社:新潮文庫

文庫版で読んだため、32巻(上)、33巻(中)、34巻(下)に相当する。

見開き要約

<32巻(上巻)>の見開き要約

ローマ人の物語――「危機の三世紀」を迎えた帝国。失われるローマ人らしさ。

建国以来、幾多の困難を乗り越えながら版図を拡大してきた帝国ローマ。しかし、浴場建設で現代にも名前を残すカラカラの治世から始まる紀元三世紀の危機は異常だった。度重なる蛮族の侵入や同時多発する内戦、国内経済の疲弊、地方の過疎化など、次々と未曾有の難題が立ちはだかる。73年の間に22人もの皇帝が入れ替わり、後世に「危機の三世紀」として伝えられたこの時代、ローマは「危機を克服する力」を失ってしまったのか。

<33巻(中巻)>の見開き要約

ローマ人の物語――現れては消える軍人皇帝。彼らはローマを救えるのか。

カラカラ帝が東方遠征の最前線で、警護隊長の手によって殺害されるという事件が起こって以降、兵士たちによる皇帝謀殺が相次ぎ、元老院に議席を持たない将官出身の「軍人皇帝」が次々に現れては消える、危機の時代が続く。かくしてローマは政略面での継続性を失い、ついにはペルシアとの戦いの先頭に立っていた皇帝ヴァレリアヌスが敵国に捕縛されるという、前代未聞の不祥事がローマを襲う。帝国の衰亡はもはや誰の眼にも明らかだった。

<34巻(下巻)>の見開き要約

ローマ人の物語――混沌へと向かう帝国をキリスト教が静かに侵食する。

疫病の流行や自然災害の続発、そして蛮族の侵入といった危機的状況が続く中、騎兵団長出身のアウレリアヌスが帝位に就く。内政改革を断行するとともに、安全保障面でも果断な指導力を発揮し、パルミラとガリアの独立で三分されていた帝国領土の再復に成功。しかし、そのアウレリアヌスも些細なことから部下に謀殺され、ローマは再び混沌のなかに沈み込んでいく。のちに帝国を侵食するキリスト教も、静かに勢力を伸ばしつつあった。




目次

<32巻(上巻)>の目次

カバーの銅貨について
読者に
第一部 ローマ帝国・三世紀前半
第一章(紀元二一一年―二一八年)
 皇帝カラカラ/誰でもローマ市民!/「既得権」と「取得権」/「取得権」の「既得権」化による影響/帝国防衛/
 ローマのインフレ/パルティア戦役/機動部隊/メソポタミアへ/謀殺/皇帝マクリヌス/撤退/シリアの女/帝位奪還
第二章(紀元二一八年―二三五年)
 皇帝ヘラガバルス/皇帝アレクサンデル・セヴェルス/法学者ウルピアヌス/六年の平和/忠臣失脚/歴史家ディオ/
 ササン朝ペルシア/再興の旗印/ペルシア戦役(1)/兵士たちのストライキ/第一戦/ゲルマン対策/ライン河畔
図版出典一覧


<33巻(中巻)>の目次

カバーの銅貨について
第一部 ローマ帝国・三世紀前半(承前)
第三章(紀元二三五年〜二六〇年)
 皇帝マクシミヌス・トラクス/実力と正統性/元老院の反撃/一年に五人の皇帝/実務家ティメジテウス/
 東方遠征/古代の地政学/皇帝フィリップス・アラブス/ローマ建国一千年祭/皇帝デキウス/キリスト教徒弾圧(1)/
 蛮族の大侵入/ゴート族/石棺/蛮族との講和/ゲルマン民族、はじめて地中海へ/皇帝ヴァレリアヌス/キリスト教徒弾圧(2) 第二部 ローマ帝国・三世紀後半
第一章(紀元二六〇年〜二七〇年)
 ペルシア王シャプール/皇帝捕囚/ペルシアでのインフラ工事/皇帝ガリエヌス
図版出典一覧


<34巻(下巻)>の目次

カバーの銀貨について
第二部 ローマ帝国・三世紀後半(承前)
第一章(紀元二六〇年〜二七〇年)(承前)
 未曾有の国難/ガリア帝国/パルミラ/帝国三分/一つの法律/「防衛線(リメス)」の歴史的変容/軍の構造改革/
 スタグフレーション/“タンス貯金”?/不信任/皇帝クラウディウス・ゴティクス/ゴート族来襲
第二章(紀元二七〇年〜二八四年)
 皇帝アウレリアヌス/反攻開始/通貨の発行権/「アウレリアヌス城壁」/ダキア放棄/女王ゼノビア/第一戦/
 第二戦/パルミラ攻防/ガリア再復/凱旋式(triumphus)/帝国再統合/皇帝空位/皇帝タキトゥス/
 皇帝プロブス/蛮族同化政策/皇帝カルス/ペルシア戦役(2)/落雷
第三章 ローマ帝国とキリスト教
年表
参考文献
図版出典一覧


感想

3世紀の危機といわれた時代を描いたのがこの巻となっている。
極めて有名なカラカラ浴場のカラカラ帝が兄弟殺し、それだけならよくあることとも言えるが、ローマ市民の権利を剥奪してしまった 。
ローマ市民の権利は得ることは容易とは言えないが、時間を掛けて努力さえすれば得ることができるから価値があるのだったが、 それを誰もがローマ市民としてしまったのだ。

カラカラのこの愚行がこの3世紀の危機がローマのローマたる所以を永久に失わせてしまったのは非常に残念というしかない。

確かに我々現在人においても選挙権を考えてみると、誰もが当たり前のように持っているからこそ、得票率が低いのだろう。
欲しくて欲しくて仕方がない状況下で何とか勝ち得た人々は当然のように行使する。使命感にすら燃えることだろう。しかし生まれた時から自動的に付与された権利に対しては何の感慨も持たない者が多くなるということなのだろう。これは何に対してもそうだ。当たり前と思ってしまうと人間は堕落する。

閑話休題、ローマ市民権については、直接的な影響も大きかった。税収が激減し、飴と鞭の飴だけもらった補助兵の制度も崩壊した。そして税制を維持できなくなったことで退職金もなくなったことで軍団兵のモチベーションも下がった。結果、蛮族に帝国内部を荒らされ、そして皇帝も軍事のみ一辺倒になり、その結果、ますます内政がおざなりになった。

皇帝はつまらないことで次から次へと殺害され、ヴァレリアヌスのようにササン朝ペルシャに捕まってしまうようなものも現れる始末。
また帝国滅亡の危機に現れ3つに分裂した帝国を再統合したアウレリアヌスのような優れた皇帝すらも些細に殺害されてしまう始末。

SPQRはこの時代に崩壊していたのだろう。冒頭に記したローマ市民権の価値暴落だけではない。元老院の政治と軍事は切り離されてしまったのもこの時代だったのだ。

何とか生きながらえたローマ帝国だが、万全の法治国家帝国の崩壊の様を知る上では、本書は欠かせないだろう。
次に続くキリスト教時代も、この流れで考えると、何か神秘の力が働いたというわけだけでもないのだ。ローマの神々の失墜の物語でもある。



(2013年7月記す)




戻る